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ソ連の人々・後編「お客様は神様ではない」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

ソ連の人々・後編「お客様は神様ではない」

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。前回はソ連の素晴らしき伝言ゲームを紹介しましたが、今回は残念なパターンを...。

ソ連における「伝言ゲーム」は、素晴らしいとばかりも言ってられない。

それも真実だ。

私がソ連を訪れたのは1990年、折しもゴルバチョフ大統領がペレストロイカ(ロシア語で再構築の意)として民主化を推進していく過程で、政治・経済とも混乱を極めていた。

モスクワ最大の百貨店では、売るものがなくショーケースには造花が陳列されていた。わずかに商品があるコーナーは黒山の人だかりで、押し合いへし合いだ。小さな木の人形を見つけた私は、それが欲しくて店員に合図を送ろうと必死に身を乗り出す。「これとこれとこれが欲しい」。中央アジアの民族衣装に身を包んだもの、ロバに乗ったものなどを指差し、つたないロシア語で購入の意志を伝える。店員が面倒くさそうに紙切れに数字を書くと、投げるように寄越した。それを持って「カッサへ行け」と言う。

カッサとは日本で言うレジのことだ。探し当てたカッサは大行列。客を待たせることを何とも思わないカッサ係は、お仲間と何やらおしゃべりをしていて、急ぐ様子もない。ようやく私の番が回ってきて、紙を差し出し、支払をする。紙に何事かみみずが這ったような字で書き加え、おつりと一緒に投げるようにして寄越すのを「スパシーバ(ロシア語でありがとう)」と身を低くして受け取る。ここでは客は神様ではない。買わせていただいている身なのだと、「パジャールスタ(英語のpleaseにあたるロシア語)」もない対応に思い知らされる。

もちろんこの方式にはソ連ならではの理由がある。カッサは鉄格子ならぬ、古い百貨店らしく、無骨な木の格子に囲まれており、治安上の課題があることが見てとれる。それにしても格子で守られ、客と隔絶された場所に身を置くカッサ係のあまりの尊大さは気持ちのいいものではない。

商品を受け取るには、カッサ係からもらった紙を持って、再び売場に行くしかない。売場はまたもや(やる気のない)店員が客を捌けず(捌く手だても労せず)、大混乱状態だ。紙を振って店員にアピールするも、無視されることしばし。お金を扱うこともない彼ら店員にとって、「売上とは何ぞや」ってなもんだろう。

人々のつながりやぬくもりが感じられた自然発生的な「伝言ゲーム」と比べて、仕事としての「伝言ゲーム」はあまりにも冷たく、ハードルが高かった。

しかも実はこの人形、モスクワの空港で荷物を少しの間預けていた際に盗られてしまったというエピソードつき。通りすがりの人ではなく、空港職員の端くれの犯行としか思えず、なおかつ盗られたのが、同じモスクワの百貨店で売っている人形というのが、何とも言えず切なく、後味が悪かった。

それから約20年後、再訪したモスクワ。その間にソ連は崩壊し、CIS(独立国家共同体)、からロシアへと変わった。目抜き通りには米国資本のファーストフード店が建ち並び、対面レジで渡されるレシートには「スパシーバ」の文字...。そして素敵な絵本売場はディズニーコーナーへと模様替えされていた。

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