サステナビリティに通じるYKKの創業者理念をグローバルに浸透
YKK創業者の故吉田忠雄氏が残した言葉は、今で言うサステナビリティに通じる想いにあふれていました。「善の巡環」という社会の中における企業の在り方を説いた吉田氏の言葉は、現在も世界の全従業員が社内外に伝え続けています。コロナ禍の下でも活きる創業者の言葉は、アークコミュニケーションズの翻訳によって世界に伝えたい語録となり、さらにその広がりを見せています。YKK株式会社の広報部門でグループ長を務める井深様に、企業理念を世界に向かって発信し続ける手法や思想についてお聞きしました。
- プロフィール
- 井深 緑 YKK株式会社 経営企画室 広報グループ長
- 大里 真理子 株式会社アークコミュニケーションズ 代表取締役
- 齊藤 まなみ 株式会社アークコミュニケーションズ 翻訳事業部 チーフプロジェクトマネージャー
異なる2つの事業を束ねる理念
大里:最初にYKKグループについて簡単にご説明いただけますか?
井深様:YKK株式会社は、1934年に創業いたしました。創業者は吉田忠雄で、創業者の精神・理念を継承し、事業活動の根幹としています。現在、72の国と地域に106社があります。国内外を合わせたYKKグループの従業員数は約4万4500人、そのうち海外が約2万6300人となり、すでに海外従業員が多い状況となっています。そういった中で、企業文化をどう醸成していくか、日々挑戦を続けています。
大里:消費者の方はYKKと聞けばファスナーをすぐさま思い起こすと思いますが、YKKグループには、ファスナーや面ファスナー、スナップ&ボタンなどを扱うファスニング事業(YKK株式会社)と、ビルや住宅用の窓・サッシ・ドアといった建材を扱うAP事業(YKK AP株式会社)の2つがありますよね。
井深様:はい、しかしながら、それぞれの市場はまったく異なります。YKK株式会社の売上のほぼ9割は海外です。一方、YKK AP株式会社の売上の約9割は国内です。この異なる事業においても、両事業を貫く精神的支柱として吉田忠雄の理念を受け継いでいくことがチャレンジですね。
企業精神「善の巡環」がサステナビリティにつながる
大里:その理念について、ぜひお聞かせください。YKKといえば創業者のYKK精神が有名。そうした企業文化を連綿と継続してきた思想や手法があると思いますが、それはどういったものなのでしょうか?
井深様:YKKグループには、創業者の吉田忠雄が創案した「善の巡環」という企業精神があります。この「善の巡環」とは、「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」という考え方です。企業というものは社会の重要な構成員であって、社会と共存してこそ存続できる。利益を社会と分かち合うことによって、社会からその存在価値が認められるということです。昨今、サステナビリティが重視される世の中になりましたが、YKKでは創業者の頃からこのようなサステナビリティにつながる理念を大切にしてきました。
大里:YKKさんは独自の文化をお持ちで、広義のビジネスの観点に立った目線から時代の先を行ってらっしゃったので、CSRやCSV、SDGsなど、時代の方がYKKさんに追いついている感がありますね。
井深様:大変に恐れ入ります。2020年10月にYKKは「YKK サステナビリティビジョン2050」を発表し、SDGsとの紐づけをいたしました。サステナビリティを考える時には理念が大切です。創業者の語録をあらためて紐解いてみると、たとえば「事業とは橋をかけるようなもの」と言っています。また、「大樹より森林の強さを」とも。誰一人支配されることなく、森を形成する一本一本の木となる社員が成長すること。それこそが、YKKという会社の発展につながるという意味です。事業と理念はとかく乖離しがちですが、YKKでは、事業活動の中から生まれた実践哲学なので、それらがぴたりと合っているのだと言えます。
外国人だからこそ伝わる日本の理念
大里:海外市場に強く、多くの拠点を海外に持たれているYKKさんですが、「善の巡環」のような企業文化を海外のお客様や従業員の方にご理解いただくのは大変なことと察します。そのためにどのようなご努力をされてきたのか、お聞かせ願えますでしょうか?
井深様:アメリカの例を少し申し上げます。アメリカで長く社長を務めた者(現在は退任)が中心になり、アメリカの社員とともに、アメリカ独自の行動指針を考えてくれました。彼は、創業者の吉田忠雄の薫陶を直接受けた人間で、吉田に次いで「善の巡環」について語れる人間として社内で知られていました。また、コロナ禍に遭う直前の話ですが、彼自身に各国・地域に行ってもらい、各拠点で理念浸透に務めてもらいました。
大里:井深さんも関わられたのですか?
井深様:わたしも同行しました。この時には、理念は国や文化の区別なく共有できることに大変感動した覚えがあります。宗教も違う、文化も違う、会社の歴史も違う環境で、「善の巡環」の話ができるのは本当にすばらしいことです。これを機に、アメリカで作った行動指針と同様のものを中国でも現地の社員の発案で作ることになり、現場の社員自らが動いてくれて、その国・地域の文化に合わせてYKK精神を落とし込むことができました。
大里:中国でYKK精神を伝える時に、アメリカの元社長の方がご活躍されたというのは大変興味深い話です。日本人ではない方が、YKKの企業文化をご自身の国の文化に合わせて解釈したものを、さらに別の国に伝えるということですね。
井深様:おっしゃる通りです。わたし自身も、日本人が海外に伝えるのでは、なかなか現場に理念が伝わらないと思っています。YKKでは現在、37~38の言語が必要と言われています。まさに、アークさんにいつもお力添えいただいている多国語翻訳の部分にあたります。言語につながる文化を翻訳に反映させることは、とても大事なことです。それぞれの国の言葉で伝えていく必要があり、かつ、そこで伝えるべきことはたった一つの企業精神である「善の巡環」です。しかも、創業者の吉田忠雄ではない人たちがそれを伝えるところがポイントになります。
大里:エバンジェリスト(伝道者)をたくさん生み出そうとしたのですね。
井深様:はい、その通りです。そして、それがなかなか難しいのです。伝達役の社員から、「自分などが伝えても良いのですか?」という不安な気持ちを打ち明けられることもあります。だからこそ、社内の経営理念研究会などで、「吉田忠雄はこういった時代背景の中で、こういうことを言ってきた」ということを、今の時代とどうつなげて伝えれば良いのか、しっかりと整理することが大事になってくるのです。
対談記事 記事一覧