2023年2月
IRコラム②:
~IR経験20年の大手メーカー社外取締役が語る~
広がるIRの守備範囲、厳しさ増すガバナンスと投資家の関係
前回は、商社時代の私とIRの出会いから、当時の苦労やIRのやりがい、企業価値を創造するための経営とIRの関係などを中心にご説明しました。今回は社外取締役の立場から感じる最近のIRとガバナンスとの関係などについて、お話ししたいと思います。
IRの面白さ
IR(Investor Relations:投資家向け広報)は相手が投資家ですので、長期的で継続的なフォローが必要とされます。さらに透明性(Transparency)と定量的説明が重要な要素となります。会社のビジネスモデルを分かりやすく解説し、良いニュース、悪いニュースそれぞれに対して、収益レベルがどうなりそうかを率直に説明するのがIRの仕事なのですが、ストレートな説明をするには、乗り越えなければならない壁もあります。
私が商社時代に一番苦労したのは、商社の役割、つまり外から見えない「貢献価値」をどこまで強調するかということでした。商社は本来、パートナーに協力してビジネスを支える黒子です。貢献のポイントを言い過ぎると、パートナーから「自分達が主体だ」というクレームをもらい、社内の担当部署からも「黒子だから抑えてくれ」という要請が来ます。しかし、言わなければ企業価値の評価が低くなります。良い按配を見つけるのは、非常に難しいポイントでした。
最近は、人材や環境への貢献など、「非財務価値」と言われるものに投資家が興味を向けており、「見えない企業価値」として開示する努力も始まっています。こうなると、IRの守備範囲は今よりもっと広いものになる可能性があり、貢献価値の表現にも幅が出てきて、より良い按配を見つけやすくなるとともに、IRの醍醐味も増して来るのではないかと期待しています。
コーポレートガバナンスとの関係
最近は、企業のガバナンスに対する投資家の目線が厳しくなってきました。投資家は、取締役選任に係る議決権行使を通じて、企業にプレッシャーをかけています。
一つは業績基準と言われるもので、ROE(Return On Equity:自己資本比率)が一定のレベルを3期連続で下回ると、経営者失格と見なされて、否決投票されます。
もう一つは社外取締役の独立性基準です。投資家は株主総会で取締役に対して否決投票ができます。取締役が当該企業と取引のある会社出身者だったり、親会社や大株主などと関係がある場合は、利益相反の可能性が高いと見なされ、独立性のある社外取締役と認められません。日本のプライム市場では、独立取締役が全取締役の三分の一以上というルールが設けられていますが、投資家からは過半数にするように求める動きが出ています。またジェンダーや国籍の多様性により、企業経営に新たな視点が入るという考え方のもと、女性や外国人の取締役の就任が推奨されています。
これは、会社の経営に外部からの牽制機能を働かせ、緊張感を高めるという観点では大変良いことです。しかしながら、投資家がIR担当や部門に何度も取材やヒアリングを重ねて投資を決定するプロセスと異なり、社外取締役の働きをチェックするプロセスがありません。社外取締役の是非を判断する材料として開示されるのはその属性だけで、しかも、短期間に議決決定されるという現在のプロセスには、違和感を感じざるを得ません。
ガバナンス体制の整備度合いや取締役の属性と、企業のパフォーマンスは必ずしも比例していません。立派な社外取締役を揃え、企業統治の優等生と言われた企業だから不祥事が起こらない訳ではないことは、過去の事例でもお分かりの通りです。
最近は、取締役会に投資家を入れて、「Board 3.0」*1に移行してはどうかという議論もあるようです。しかしながら、重要なことは「投資家を入れる」ことではなく、戦略策定を担ったり、戦略実行の監督ができたりする人材の投入と、そのサポート機能を持った取締役会にすることでしょう。日本企業はこの点において、まだ模索段階だと思います。
これまで議決権行使の対応は、株主総会対応とともに総務部が行うことが一般的であったと思います。もし、取締役会が十分に機能しているのであれば、社外取締役の知見や仕事ぶりについて、日頃から投資家との接点を持つIR担当・部門から、投資家へ理解を求めるための事前説明をするなどの工夫が必要になってきていると感じています。このようにIR担当・部門は今後ますます重要性を帯び、守備範囲も広がる分、ダイナミックな業務も増え、さらにやりがいのある楽しみな部署になっていくと思います。
*1 「Board 3.0」 投資のプロを取締役に加え、コーポレートガバナンス(企業統治)を進める動き
ツールとしての英語
前回もお話ししたように、日本の株式市場における海外機関投資家の影響力は大変大きいものがあります。ポートフォリオの最終決定者は、やはり、日本語の読めない外国人であることが圧倒的に多いのです。海外投資家のアジア拠点では、日本人もしくは日本語に堪能な外国人がアナリストとして仕事をしているケースも見かけますが、まだまだ少数派と言えます。
従って、決算発表や適時開示、中期経営計画、統合報告書などの重要なメッセージについては、日本語、英語で同時発信していくことが大切です。
原稿作成は日本語で行われますし、提出期限ギリギリで日本語版が完成することが多いので、英語版を同時に出せる企業はまだ少ないと思います。「情報発信はグローバルに」ということを念頭に置き、どうやったら同時性を実現できるかよく考える必要があります。
私の場合は、例えば統合報告書作成などでは、構想段階から外部の翻訳協力会社を巻き込んでいました。今後のテクノロジーの発展で、機械的な英語翻訳のレベルが上がっていけば良いのですが、やはり魂のこもった表現を練り上げ、企業の見えない価値を伝えるという意味で、翻訳スペシャリストの存在はありがたいものがあります。
今後も日本企業のIRによる開示努力が進み、グローバルに投資家の理解が進んでいくことを祈って筆を置きます。
黒井 義博 プロフィール
大手商社において海外子会社社長を務めた後、大手自動車メーカー、大手自動車部品メーカーにおいて役員として経営企画、海外営業、IR、リスク管理、IT統括などに対応。グローバル企業での豊富なマネジメント経験とリスクマネジメントや事業開発に関する幅広い見識を持つ。現在は大手ガラスメーカーの社外取締役を務める
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【2023年2月】IRコラム②:~IR経験20年の大手メーカー社外取締役が語る~ 広がるIRの守備範囲、厳しさ増すガバナンスと投資家の関係