2022年1月
言語学コラム⑤:疑問文ではない疑問文
今回が私の担当の最終回となりますが、まずは前回残しておいた宿題から。以下の例文の日本語訳ですね。
No characterization of the notion 'stimulus control' that is remotely related to the bar-pressing experiment (or that preserves the faintest objectivity) can be made to cover a set of examples like these.
前回のポイントは最小量を意味する表現で、この例文ではremotelyやfaintestがそれに当たるわけですが、日本語訳としては
レバー押し実験に少しでも関連させつつ(ということは、どんなにわずかでもいいから客観性を保ちつつ)、こういった事例をカバーできるような「刺激制御」概念の特徴付けをしようとしても、とても無理である。
のようなことになります。直訳をしていくと手に負えなくなるので、characterizationをもとの動詞に戻して翻訳するわけですが、それに応じて他の部分も日本語として整えることになります。remotelyやfaintestが含まれている関係節はcharacterizationを修飾しているので、動作的な訳にして処理しました。(前回「リモート」とは:否定をめぐる冒険」はこちら)
これが今回のお題とどのように関係するかというと、名詞であっても意味的には他の品詞で見られる解釈が意図されることがある、という点です。動詞から派生した名詞形についてはよく知られていることですが、名詞表現が疑問文として理解されたり、さらには感嘆文として解釈されたりすることもあるのです。この問題を扱ったGrimshawさんの古典的論文にそって例を見ていきましょう。
疑問文から話を始めると、例えば次のような例は目的語が疑問文として解釈されます。
John asked the height of the building.
つまり、
John asked how tall the building was.
と同じような意味ということになります。使われているaskという動詞の性質上、疑問文として解釈されるわけで、疑問文としての解釈と相いれないような名詞表現にするとおかしな英語になってしまいます。Grimshawさんが指摘しているのは、
John asked the incredible height of the building.
のような場合で、信じられないほど背が高いことがわかっているので、尋ねるということと矛盾するのです。さらに、ここが肝心ですが、他に解釈しようもないので、この例文は変な英語という結果に終わるわけです。
一方、the incredible height of the buildingがしっくりくる場合もあって、
John couldn't believe the incredible height of the building.
では、感嘆文として解釈されます。これはcouldn't believeが感嘆文の解釈を要求しているわけです。意味的には、
John couldn't believe what an incredible height the building was.
のようなことになり、couldn't believeは疑問文としての解釈を許さないので、incredibleがなくても感嘆文の解釈にしかなりません。
では、どういう場合に名詞表現が疑問文や感嘆文の解釈を受けるか、というと、文レベルの意味が取り出せることが重要で、上にあげた例ではheightが形容詞由来の名詞形であることが効いています。そうした場合以外でも、
Only Harold knew the kind of candy that Jill likes.
You'd be surprised at the big cars he buys.
は、それぞれ疑問文と感嘆文の解釈となりますが、名詞表現を修飾する関係節の存在が文としての解釈を後押ししてくれます。文の形式を持った英語にパラフレーズするのも、以下のように簡単ですね。
Only Harold knew what kind of candy Jill likes.
You'd be surprised at what big cars he buys.
このように、組み合わせの相手次第で名詞表現がどのような意味になるか変わってくるので要注意です。また、動詞自体が疑問文の意味を含んでいることもあって、これは、最近、複数の英英辞典を引いていて驚かされたのですが、describeの意味としてsay what something is likeとあります。こういう場合だと、describeの目的語が文としての解釈につながる要素を持っていなくても、疑問文として理解されることになります。例えば、
Section 2 describes the experimental context.
のような文は、「第2節では、実験上の文脈がどのようなものであるか述べる」といったことになります。英和辞典だけに頼って、describeの意味は「記述する」だと覚えているだけでは、本当にわかっていることにはならないわけです。
私の担当第1回目からちょうど2年で無事終了ということになりました。この間、ずっとコロナの問題があったわけで、アークの大里さんから突然の依頼があったのは、まだ平和な生活をしていた頃だったのだ、という感慨がわいてきます。アークさんにも気軽にお邪魔することができました。さいわい、言語研究は、いろんな表現についてあれこれ考えるだけでよく、特別な設備など必要としないものなので、それほど影響を受けずにやることができます。楽しいなと思った方は、ぜひ、深みにはまって下さい。大学で授業をとらないといけない学生さんは七転八倒することもあるようですが。
[参考文献 Grimshaw, Jane (1979) "Complement selection and the lexicon," Linguistic Inquiry 10: 279-326.]
担当:東京大学教授(英語英米文学研究室)渡辺 明
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【2022年1月】言語学コラム⑤:疑問文ではない疑問文