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2015年7月

英語の豆知識 第二回: イギリスの国語を超えた存在へ

前回は、19世紀のイギリスでは話し言葉の地域差や階級差が大きかったことをご紹介しました。今回は、その後の英語がたどった発展をご紹介します。

広く受け入れられたアクセント

方言の地域差、階級差は、ランカシャー(Lancashire) やブラックカントリー(Black Country) といった産業都市が成長するにつれ、少し状況が変わってきました。農村部から都市部に労働力が流出し、それに伴い識字率が改善されました。そうすると文字言語(スペリングなど)の標準化が一層進みます。

産業革命に伴ってもたらされる新しい道路、水路、鉄道をはじめとする社会インフラ。これにより人々の物理的な移動や階級間の交流も盛んになりました。学校教育を通して各地、各階級出身の子供たちの英語には差がなくなり、誰もが「この話し方は素晴らしい」と思うようなアクセント(Received Pronunciation)を身につけ、全国に広がっていきました。この様な英語は行政機関従事者たちにも用いられるようになり、英国内だけではなく世界各地の植民地でも「統治者の言葉(the voice of authority)」として認識されるようになっていきました。

1922年には BBC がラジオ放送を始めました。それ以来、声は録音され、電波で飛ばされるようになり、有史以来初めて多くの人が一度にその場にいない話者の声を何度も繰り返し聞けるようになりました。BBC では、放送で使うアクセントは Received Pronunciation だという方針が当初からあり、アクセント以外にも、人々が受け入れやすい語彙とはどの様なものか、例えば信号機を stop-and-goes とするのがよいか traffic lights とするのがよいか、などという議論が学者、作家、歴史家、記者などの専門家を集めて重ねられました。(ちなみに当初は stop-and-goes が採択されたそうです。)これは世界各地の植民地、ゆくゆくはイギリス連邦(the Commonwealth)で共通に使われる英語を目指し、国内だけではなく、当初から世界的視点で見た英語の未来像を話し合うというスタンスで方針が決まっていきました。第一次大戦が終わる1918年から第二次大戦が終わる1945年ごろまでイギリスやアメリカでは、ラジオ放送の全盛期でした。BBC が採用した Received Pronunciation はアメリカも一部で影響を受けており、ウォール街の企業では高級感(a touch of class)を醸し出すために、 Received Pronunciation の英語が正しく使えるイギリス人の秘書を雇うという例も一部に見られたそうです。

ただ言葉は時代とともに変わります。この Received Pronunciation も例外ではありません。これまで見てきた20世紀前半の Received Pronunciation も、20世紀後半、70年代、80年代になると状況が変わりました。当初は上流階級(貴族階級、軍人、公務員、弁護士、医者、聖職者など)の言葉でしたが、その後は中流階級のアクセントにとって代わられています。戦後、社会が安定し豊かになるにつれ、中流階級のライフスタイルや文化があこがれの対象に変わってきたためです。パブリックスクールでは、昔とは逆に上流階級の英語を話していると笑いの対象になってしまうため、生徒たちはすぐに中流階級の英語を身につけるようになりました。(ただし階級意識までなくなってきたという事ではありません。)

ともあれイギリス英語は19世紀後半から20世紀前半にかけて、戦争、植民地、放送を通して世界に広まり、英語は共通語(lingua franca)になりました。しかし第二次大戦が終わった1945年を境にイギリスはかつての勢いを失います。また、それとともにその国の言語の影響力は衰えていくのが常です。かつてのローマ帝国やフランスが経験したように。(ラテン語やフランス語はかつてのヨーロッパの共通語としての地位があった。)しかし英語がそうならなかったのは、戦後に初の超大国となったアメリカの台頭があります。