トルクメニスタン・マルグッシュ遺跡「凹凸系遺跡の真髄」
October 1, 2021
翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ
未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。前回、前々回と世界的にペルーの有名な遺跡と埋もれた遺跡を巡ったが、今回は新たな(?)遺跡のカテゴリー「凹凸系の遺跡」を紹介します。
「凹凸界の雄」高昌故城
世の中には遺跡に冠する言葉がたくさんある。例えば前々回に紹介したマチュビチュなら「天空の」「壮麗な」、ひなびた遺跡なら「朽ち果てた」「秋風が似合う」など。いずれもその陰には悲史が情緒としてとどまり、栄枯盛衰の理を見せてくれる。それが遺跡というものだ。
だが、世の中には情緒を超越した「凹凸系」という新しいカテゴリーの遺跡がある。これを情緒のレベルに持って行くには、相当の想像力を駆使することが要求される、いわば上級者向けの遺跡だ。上級者と言えば聞こえがいいが、要はマニアック、もしくは変態向けとの指摘もありそうだが...。
それはさておき、「凹凸系」にも難易度がある。入門編として最初に挙げたいのは、中国の「高昌故城」だ。言わずと知れたシルクロードの要衝、「凹凸界の雄」と言っても差し支えない。というか、あまりに有名かつ壮大すぎて、「凹凸系」に入れていいのか躊躇してしまうほどである。だが、実際に行ってみての感想としては、朽ちた泥壁の後が残り、どこまでも見渡せてしまう、広大な乾いた風景は「凹凸系」の存在を世に知らしめる一大遺跡と言っていいと、勝手に判断した。
そう、「凹凸系」の条件は、崩れ果て、凹凸と言える程度にしか人の手の痕跡が残っていないこと。なおかつ近代以降の修復が極力加わっていない状態のままであることだ。ちなみに「凹凸系遺跡」の定義は、あくまでも私の個人的見解によるものなので、検索したり調べたりはしないでほしい。
「凹凸系遺跡の本懐」アク・ベシム遺跡
さて、ほかにはどんな「凹凸系遺跡」があるのか。郡を抜いた存在感を放つ高昌故城(中国)に加え、キルギスのアク・ベシム遺跡とトルクメニスタンのマルグッシュ遺跡を挙げたい。
アク・ベシム遺跡は、キルギスの首都ビシュケクから東に47km、玄奘三蔵による旅行記『大唐西域記』に出てくる「砕葉城」(スイヤープ)という名のシルクロード交易都市がこれに相当するとされている。が、発掘調査も十分に行われておらず、地元の人でさえ、これがどういうものか知らない人も多いのが実状だ。私は近郊の町からタクシーで行ったが、タクシーの運転手も「名前を聞いたことがある程度」だったらしく、ロバの荷馬車に乗った親子に聞きながらようやくたどり着いた次第。凹凸系の中でも凸部分は少なく、ここで玄奘三蔵を招いた夜宴が開かれたとは、相当の力技を発揮しないと想像するのは難しい。まさに「凹凸系遺跡の本懐」と言ったところか。
「凹凸系遺跡の真髄」マルグッシュ遺跡
そして3つ目が「凹凸系の真髄」、トルクメニスタンのマルグッシュ遺跡である。幹線道路を外れ、砂利道に突入。車は大きく揺れ、跳ね、窓を閉めても車内に砂埃が充満し、車体を覆うほどに伸びた脇道の草が窓ガラスにバッサバサと当たる。そんな悪路を30分、いや1時間ほど進んだだろうか。ようやく開けた先には、小さな小屋が一つ。タクシーの運転手はその小屋に歩み寄り、管理人とおぼしき人と何か話をしている。管理人が案内をしてくれるのかと思ったが、「勝手に見ていい」というように手振りで促し、また小屋に引っ込んでいった。
何の説明もないまま、勝手気ままに凹凸系遺跡を歩く、それは遺跡マニアの醍醐味だ。説明板一つなく、何が何だがさっぱりわからない。それが楽しい。見所という見所もない。それがまたいい。泥レンガが積まれた一番高いところでも、腰あたりまでか。立派な凹凸系だ。
奥へと進んでいくと、どこからともなく子どもが現れ、無言でカギを渡された。子どもの戻る先を見ていると、先ほどの管理人小屋に入っていった。どこかカギを使うような場所があるのか。首を傾げながら進むと、小屋のようはものが現れた。カギを使って入ると、地下遺構を展示しているようだ。埋葬品だろうか。骨らしきものもある。だが、いかんせん暗くてよくわからない。
ちなみに現地ではここは「テペ・ゴヌール」と呼ばれている。トルクメニスタン語で「灰色の丘」の意だ。さすが地元ならではの素晴らしい呼び名だ。これ以上、しっくりくる名前はそうそう見つかるものではあるまい。
ちなみに帰国後に調べた解説では「紀元前25世紀〜紀元前17世紀の約100ヘクタールの及ぶ遺跡で、四大文明に匹敵する高度な文明を持ち、ゾロアスター教の前身となる火・水・空・大地を崇拝した宗教を持った人々、独特の埋葬方法を発達させた人々が暮らしていた」らしい。一方でこの遺跡発掘に関わる考古学者の言葉で「何もわかっていません」というものも紹介されていた。
「何もわからない」を楽しむのが遺跡を身近に感じるポイントなのかも。想像力を鍛えたい人はぜひ、今回紹介した3つにとどまらない世界にまだまだあるであろう「凹凸系遺跡」を訪れてみてほしい。