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ペルー「調理の時間」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

ペルー「調理の時間」

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回は十数年前に訪れたペルーで列車に乗り込む前の腹ごしらえに遭遇した2つのお店での出来事。「普通」の定義がゆらぐ瞬間です。

夜明けのコーヒーショップ

クスコからマチュピチュへのアクセスは列車以外に選択肢がない。本数も限られ、特に安価な「バックパッカー号」は、世界中の観光客はもちろん国内利用者も含め、かなりの争奪戦だ。私がチケットをネット予約しようとした時にはすでに手遅れ。クスコからのチケットはすでに売り切れで、途中駅オリャンタイタンポからをなんとか手配できた。

乗車時刻の1時間前、まだ暗い早朝のオリャンタンタイポ駅に到着。駅前の小さなコーヒースタンド(といっても屋台に毛が生えた程度だが)でコーヒーとハンバーガーを注文した。しかし待てど暮らせど一向に出て来ない。肉を焼くいいニオイはしてくるのだが、完成はまだ見えない。次第に空が明るくなりはじめ、駅入口に行列ができている。仕方がなく、ハンバーガーはあきらめ、列に並ぶことにした。

チケットを手にだいぶ長くなった列に並んでいると、そこへコーヒースタンドの人がやって来た。その手には茶色の紙袋。わざわざハンバーガーを届けにきてくれたのだ。袋の上からでも十分に熱いハンバーガーを受け取り、マチュピチュへ向け幸先のいいスタートを切った。

スペクタクルな光景に大興奮

マチュピチュの格好よさは言葉では語り尽くせない。数歩進んで振り向けば、また新しい「格好いい景色」が姿を現す。一歩ごとに現れるまさにスペクタクルな光景に大興奮の連続だ。谷を見下ろせば川が流れていて、その先は大アマゾンに続いている。子どもの頃は探検家や冒険家しか行けないと思っていた「秘境」に少し近づけた。アマゾンは「夢の国」ではなく、本当に実在しているんだと、そんな感慨も湧いてくる。

今ではマチュピチュの入場もネット予約が必須とのことだが、私が行った時はまだ入口でチケットを買い、ガイドなしに自由に見て回ることができた。途中で雨が降ってきたので、翌日また来ることに。曇天と晴天と、天候による印象の違いも楽しめたのは、今思えばなんとも贅沢なことだ。

「普通」の調理と列車の時間

マチュピチュ滞在2日目、クスコへと戻る列車の時間に合わせて下山。まだ1時間半ほどあったので、ピッツェリアと書かれた店へ。ピザならすぐ出てくるだろうとの考えは、しかし甘かった。

メニューにはピザの名称と、その下に入る具材がスペイン語と英語とで記されている。例えば、「マルガリータ」なら、「トマト、モッツァレラ、バジル」という感じだ。具材を見て選び、その名称で注文すると、店員がメニューを覗き込んで、具材をメモし始めた。そしてそのまま何故か、店の外へ。

しばらくして戻ってきた店員は手に粉の袋を抱えていた。その時点で若干、不安になってきたのだが、それからしばらくして、裏の厨房からバン、バン、と何かを打ち付ける音が聞こえてきた。

「まさか、今から生地を打ってる???」

さすがにそれはないだろうと思いつつも、客も店員も姿を現さない中で不安が募る。いよいよ列車の時間も迫り、しびれを切らして裏の厨房にそろっと覗きにいくと...。そこには、まだ円形にも伸ばされていない、塊のままの生地が!

時計を指差して「時間がない」ことをアピール。相手が頷いたのを確認して席に戻ったが、状況は絶望的だ。ピザはあきらめて、駅に向かうしかないかと頭を抱える。

しかし、そこからなんと超人的な速さで調理は進み、こんがり焼けたピザが登場。食事時間は10分ほどしか取れなかったが、なんとかお腹に詰め込み、勘定を済ませて、駅への道を走り、列車に乗り込むことができた。

車窓からゆるやかに流れる川を眺めながら、ハンバーガーやピザなら早くできるだろうというのは、ファストフードのシステム調理に毒された考えだったと大いに反省。当たり前だが、ファストフード店のハンバーガーが調理時間を大幅短縮した「発明品」であって、ハンバーガー自体は普通の料理なのだ。

こんな「普通」や「常識」が覆される経験もまた、マチュピチュの壮麗さにも並ぶ旅の醍醐味だ。そんなことを思いながら、満腹と緩やかな川の流れに募る眠気への抵抗を諦め、瞼を閉じた。

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