ハンガリー・ペーチ「コトバのチカラ」
February 1, 2021
翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ
未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回はハンガリーの南西部の街、ペーチを思い出にとどめることになったエピソードをお届けします。
受付のチャーミングな彼女
ネットがほぼ世界中でつながり、安宿から次の安宿を事前にネット予約することで、スムーズに駒を進めることができるようになった。往復の航空券だけ手配して、現地に来てから行く先や宿を決める、私のような旅行者にとっても非常に便利なツールだ。その便利さにもの足りなさを感じ、「街に着いてから泊まれるところを探す直接交渉方式」が懐かしくなることもあるが...。
ハンガリーの南西部の街、ペーチを訪れたのはネットが今ほど普及する前のこと。私と友人とは、ガイドブックに掲載された手頃な値段の宿へ向かった。本に書かれていた値段より少し値上がりはしていたが、こぢんまりとして雰囲気もいいし、何より受付のお姉さんの笑顔がいい!20代前半だろうか、肩を超える栗色の髪にスラリとした長身。緑色のタイトなジーンズがよく似合う。テキパキと宿泊の手続きを進めながら、「どうしてここを知っていたの?」と聞いてくる。「ガイドブックに載っていたから」と答えると、「日本のガイドブックに?」と目を丸くする。
「見せて」、興味津々に身を乗り出し、覗き込んできた彼女。ずらりと並ぶ日本語に「なんて書いてあるの?」と、開いた眉をぐぐっと寄せる。なんとも表情が豊かでチャーミングだ。
「受付のお姉さんがチャーミングだって」
私がどう翻訳しようかと考えている間に、友人が横から答える。
「えぇ〜、いやん、やだあ」
日本語でそう言ったわけではないが、手を頬に当て、腰をくねらせたポーズで発せられた英語は、私にはそう聞こえた(そして多分、当たらずとも遠からず)。もちろん、そんなことはガイドブックには書いてない。が、まあ本人も喜んでいるし、チャーミングであるのは本当のことだからよしとするか。
魔法のことば
部屋の電気が切れていたので、その旨伝えると、先ほどのお姉さんが丸椅子を持って登場。「ごめんなさいね、すぐ取り替えるわ」。簡素な木の丸椅子に上がった長身の彼女は、これまたテキパキと電球交換を完遂。「これで大丈夫ね、他に何か用事はある?何かあればまた呼んでね」。そう言うと、バーイと笑顔で手を振り、去っていった。
目を丸くしたり、眉をひそめたり、照れてみたり、挙げ句に「説明口調からのとびきりの笑顔」ときたら...。思わずドキッとしてしまう。これが、「ギャップ萌え」というヤツだろうか。日本人のサービススタッフは常に笑顔でいるよう訓練されているため、印象がぼやけてしまう。塩対応を望むわけではないが、やはりメリハリは大切だ。
翌朝、朝食を取りに1階の食堂に降りていくと、彼女が「おはよう」と声をかけてくれた。今日は紫のカラージーンズだ。席に付き、パンを食べていると、彼女がハチミツを持ってきてくれた。「これ美味しいのよ、食べて」。パタパタと慌ただしく動き回り、また戻ってきた彼女の手には今度はジャム。「これ、自家製よ」。ハチミツ付きパンを頬張りながら、すでに去りかけていた彼女の背に「サンキュー」と慌てて声をかけると、「いいのよ」というように手だけ振ってよこした。チャーミングと言われたのがよほど嬉しかったのか、ご機嫌モードはいまだ継続中のようだ。
この手は使える。というのは冗談だが、ほめられていい気がしない人はいない。「ほめる」って大事だ。もっと人をほめていこう。あの時、そんな風に思ったことを、今これを書いていて思い出した。最近、文句が増えていないかな。マイナスではなく、プラスの想いをこそコトバにして伝えていこう。たくさんのチャーミングな笑顔に出会える旅にまた出かけられる日を夢見ながら。