ジョージア「一泊二食、飲み放題付き」<メスティア編>
May 1, 2020
翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ
未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。ワイン発祥の国として知られるジョージアの民宿では、「一泊二食」に加えて「飲み放題付き」が当たり前。山間の町メスティアでは、宿のおじいちゃん手作りのチャチャというブランデーの一種をいただきました。
チャチャで乾杯!
ジョージア(旧国名グルジア)は、ワイン発祥の地として、日本でも徐々に知られるようになり、最近ではジョージア産のワインを目にすることも増えてきた。実際、現地では地酒ならぬ地ワインを家庭でつくっているところも多い。家族経営のゲストハウスでは、「一泊二食、飲み放題付き」が常識。夕食にはもれなくワインがついてくる。時にはチャチャと呼ばれるブドウでつくった蒸留酒(イタリアのグラッパのようなもの)を出してくれるところもある。
「昨日つくったんだ」
じゃーんという効果音付きで、チャチャの瓶を掲げ、注いでくれたのは、メスティア(首都トビリシから夜行列車でズグディティへ、そこから乗り合いバスで約3時間の町)の宿のおじいちゃん。もちろん自分にも、奥さんにも注ぎ、乾杯!
「翌朝、ウシュグリ村まで山道をおじいちゃんが運転してくれることになっているけど大丈夫?」
そんな心配もよそに、したたか飲んで、酔っぱらって、長椅子で眠り込み、ようようお開きに。小さなベランダから見る三日月が山の端へ傾いていった。
「見所」は目に入るものすべて
翌朝、おじいちゃんの運転する車でメスティアからさらに3時間、山道を分け入り、世界遺産にもなっているウシュグリ村を目指す。ガイドブックでは6時間と書いてあったが、舗装路が延伸したおかげで、だいぶ時間は短縮されたようだ。とはいえ、ぬかるみや穴ぼこも多く、タイヤが穴にはまってはガッタン、避けようとしてゴットンと、車体は右に左に傾き、その度にお尻を打つ始末だ。
ようやくたどり着いたウシュグリ村は、山間の小さな集落。復讐の塔と呼ばれる石積みの塔と家とが身を寄せ合うようにして並ぶ。高台の教会をまず見て、あとは集落や川沿いの小径をあてどなく歩くのが、ここの観光スタイルだ。見るべきもの、すべきことは何もない。山の稜線や緑の丘、古びた石の継ぎ目、颯爽と馬に乗る少女、スカーフで髪を覆ったおばあちゃん、小川のせせらぎ、小鳥の鳴き声...。目に入るもの、耳に響く音、きらめく光が、泥と干し草の交じった臭いが、ただ楽しい。
小さなピクニック、もちろんチャチャ付き
数時間のショートトリップを経て、メスティアへの帰路。おじいちゃんが突然車を止めた。トランクから何やら荷物を下ろし、ついてこいと合図する。おじいちゃんは小さな小川のほとり、腰掛けのようになった石に腰を下ろす。
「チャチャ」
荷物の中から取り出した小瓶を、ニッと笑って見せる。そしてそれを小川の水に浸けて冷やし、その間にもう1つの荷物をほどいてトマトとキューリを取り出し、器用にナイフで切っていく。最後にディルを散らして、はいジョージア風サラダの出来上がり!即席のチャチャ付きピクニックの始まりだ。
勢いよくチャチャを飲み干そうとするおじいちゃんを「ニエット、ニエット、ニエット!」とロシア人ばりのニエット(ロシア語のNO)三連発で押しとどめる。メスティアまで凹凸の激しいロデオ・ドライブが待っているのだ。千鳥足では命の保証がない。不満そうな顔のおじいちゃんから杯を取り上げ、「これは私が飲むから」とぐっとあおる。途端にうれしそうな顔になったおじいちゃんが、「もう一杯いるか」と注いでくる。手作りとはいえ、おそらくアルコール度数は40度を超えているであろうチャチャを、暖かな日差しの戸外で飲むのは最高に気分がいい。小川と小鳥と木々の奏でるBGMに浮遊感が伴う。
さあ、そろそろ行こうか。暗くなる前にメスティアに戻らなくては。そして、またベランダの三日月を愛でながら、みんなでチャチャを飲もう。グラスを川の水ですすぎ、トランクにしまうおじいちゃんの背中がそう語っている。
この小さな川辺、それにおじいちゃん家のベランダから見る三日月も、私のジョージア世界遺産になった。