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キプロスの「ベルリン・カフェ」|翻訳者派遣会社が送るエッセイ 未知しるべ

キプロスの「ベルリン・カフェ」

翻訳者派遣会社が送る、世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ

キプロス

未知を求めて世界を旅するヤマ・ヨコのエッセイ。今回は南北分断が続くキプロスからです。

トルコの南、東地中海上に位置するキプロス。

その首都レフコシア(英語名「ニコシア」)の旧市街は16世紀のヴェネチア時代に築かれた城壁に囲まれ、幅45メートルにも及ぶ城門や水道橋の遺構、石畳の道などが残る。

だがしかし、"中世気分"は突如現れたコンクリートの壁を前に消し飛んだ。

視界に広がる、のっぺりとした人工的な灰色。"中世都市"に見えていたのは、実は書き割りの"まがい物"だったのか。

そんな疑念を抱かせるほどに非日常かつ醜悪なもの。それこそが、「ベルリンの壁」ならぬ「キプロスの壁」であった。

キプロスは1974年に南北に分断され、島の北部約37%は「北キプロス・トルコ共和国」となっている。と言っても、国家として承認しているのはトルコのみ。一方、ギリシャ系住民が統治するキプロス共和国は、国連加盟国のうちトルコを除く全ての国が承認をしている。
キプロスで入手した英語地図にも「北キプロス」の文字はなく、"Occupied Area(占領地域)"とだけ記されている。

かつてのドイツやベトナム、現在の韓国と北朝鮮などが「分断国家」としてよく知られているが、実はキプロスが「首都を分断された(かつ分断された後も首都であり続ける)世界唯一の国家」であることはほとんど知られていない。

そびえる壁の向こうはどうなっているのか。南から北へは当日に限り、行って帰ってくることが可能と聞き、唯一開かれている検問所へと向かった(※)。南側のチェックを通過し、緩衝地帯に入ると、鉄条網やUN(国連連合)と書かれた装甲車や兵士が目に付く。否が応でも緊張感が増す中、しばし歩いて、北キプロス側のチェックに到着。
トンネルならぬ検問所を抜けると、そこはトルコ世界だった。ひげを生やした暑苦しい顔の男たち、色彩に乏しい土色の建物、埃っぽい街路、看板に書かれたトルコ語の文字...。心なしか、気温が2℃ほど上昇したようにさえ感じる。

これが本当に壁一枚の差か。緩衝地帯に時空のゆがみがありはしなかったか。
衝撃に立ちすくむ私に、男たちはジロジロと無遠慮な視線を送る。そう、圧倒的に女性が少ないのだ。ムスリムの国の秩序を乱す異物は私のほうだった。物見遊山気分を見抜かれ、なじられているように感じたのは、ろくに歴史的背景も勉強せずに踏み込んだことを恥じる気持ちが私にあったからだろう。

男ばかりの食堂で簡単な昼食をとり、ひとしきり歩いた後、ひりつく喉を抱えて南側に戻ってきた私は、もう一度、旧市街の中心へと向かった。
改めて壁の前に立ち、目を凝らしても、その先は何も見えてこない。もう1つのキプロスがこの先にあるはずなのに。
ふと目を転じると、灰色の壁をバックに、屋台カフェのカラフルなパラソルがひとつあった。そこには「ベルリン・カフェ」と、書きなぐったような文字。
今もなお壁で分断された、もう1つのベルリンがキプロスに存在することを忘れないでほしい、そんな叫び声が聞こえてきた。

※現在では、検問所の数も増え、往来の自由化が進んでいる。統一に向けた住民投票も行われたが、反対多数で今のところ統一に向けた動きは頓挫している。

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