静岡大 村越教授の語る「不確実な環境におけるリスクマネジメント」
クマのリスクマネジメント
大里:村越さんは研究者でいらっしゃるから、すべてのリスクを見越した上で判断されているんでしょうけれど、世の中一般の人はなかなかそうもいかないのではないでしょうか。
村越様:いや、決して僕もすべてのリスクが見えているわけではないのです。ただ、「こういう視点で見よう」と決めているのは大きいと思います。常に「リスクが変化するか」という視点と、変わったときに「それを制御できるか」という視点で考えます。その2つの視点を持つだけでもずいぶんリスクに対する考え方は変わると思います。例えば、コロナの時、かなり早いうちから三密ということが言われていました。つまりはリスクを累加する要因がかなりはっきりわかっていたのです。それ自体を自分は検証できた訳じゃありませんが、感染源の性質を考えれば合理的です。安心とは言わないまでも、どう行動すればリスクを最大限下げられるかがわかっていたので、過剰に怖がらずに済みました。あるいは、夏の山の中では熱中症のリスクがあります。しかし、突然、熱中症になることはありません。徐々に体調が変わっていく。変化が比較的追いやすいので、知識と用具さえ持っていれば抑えることができる。だから、僕自身は熱中症をあまり怖いとは思いません。一方で、落雷ではリスクが瞬間的に変わってしまう。どんな自然のエキスパートでも、これはどうしようもありません。
ところで、山の中でクマに出会った経験はありませんか?
大里:カナダのジャスパーで遭ったことがあります。早朝、1人で散歩をしていたときに。そのときは命の危険を感じました。あまりに怖いと思考が停止してしまうんですね。同僚に行き先を伝えていなかったので、「ここでわたしが大怪我をしても、誰も気づかないだろうな...」などと考えていました。
村越様:なるほど、それは一種の"冷静さ"かも知れないですね。大抵の人はクマが怖い。それはたぶん、クマが山の中で突然現れる可能性があるから。そして、動物なので制御もしづらい。でも、僕自身は制御できるとわかっているので、少なくとも本州(ツキノワグマ)であればほとんど怖くありません。
大里:どうやって"制御"するんですか?
村越様:例えば、山中で視界の悪いところに行くときには、発声をしながら行く。動物の気配を感じたり、動物がいてもおかしくない場合には、それで制御できます。万一目撃したときにも、僕はどうすれば良いかわかっているので、本州(ツキノワグマ)であればほぼ制御できると認識しています。北海道(ヒグマ)は怖いですが。
大里:村越さんは、たぶん普通の人よりもリスクに対する意識が高くていらっしゃるから...。わたしなどは漠然とした怖さが先行してしまい、それが制御できるかどうかまで考えが至らない気がします。
村越様:でも、それは考え方の取り掛かりとしては良いのではないかと思います。危険なものにはどうしても「怖い」という感情が先に立つから、漠然とした考えになってしまう。そこで、「制御できるか?」と具体的に自分に問うてみると、もう一歩先に進める気がします。2016年から南極観測隊の活動に参加し、現地でのヒアリングもしたことがあります。やはり最初は皆さん「怖い」という感情が表に出ます。しかし、経験とかリスクの性質を考えて合理的に対応するようになっていきます。怖いという感情がなければ、合理的に対応できる前に死んでしまいますね。
僕も、オリエンテーリングの合宿のときにクマに遭遇したことがあります。出会った瞬間はものすごく怖くて、大里さんと同じように思考が停止してしまいました。「逃げてはいけない」と知っていたのですが、脚が勝手に動いていました。クマは逃げる獲物を追う習性があるから、逃げるのは最悪。逃げたら絶対追ってくる。そして、クマはものすごく速く走れる。
それがわかっていても、結局、全速力で逃げだしてしまいました。ほどなく追いつかれることはすぐに理解できました。しかし、止まれません。幸か不幸か、そのときにバタッと激しく転んだんですね。そうしたら、向こうもびっくりしてその場に止まった。その距離がだいたい2メートルくらい。その時急に冷静になりました。「このまま一方的にやられるのは嫌だ」と思い、クマの急所や、どうすればいいかを思い出すことができました。相手をにらみつけたら、3秒ぐらいで退散しましたね。
大里:良かったです。お互いクマの対処に成功したからこそ、こうやっていま対談ができているんですね(笑)。
リスクマネジメントのエキスパートを育てたい
伊藤:そうしたご研究をなさっている先生は、翻訳に何をお求めでしょうか?
村越様:僕の研究の内容は、世界的に見てすべてが共通の知見になっているわけではありません。そう考えると、この研究内容は世界に伝えていかなければならない。それには、やはり英語で伝えていくしかないわけです。最近、常々思うのは、日本語で論文を書いても、引用してくれる人の数なんて限られているということ。でも、英語で書けば、引用数は桁違いに増える。
僕が研究している分野には、混沌とした概念を整理していくという側面があります。たとえば、僕は研究テーマを人に説明する時には「リスク」と言います。しかし、本当に自分の研究したい事象の本質はリスクと言えるのか、もう少し形容が必要なのではないかと思うことがしばしばあります。そんな時、概念自体を作らなければなりません。単に論文を翻訳会社に渡して校正・校閲してもらうだけでは十分じゃない。アークコミュニケーションズさんとなら、「この英単語で日本語の概念を適切に伝えられるのか?」というディスカッションがしてもらえる。そういうことを欲している研究者は、ほかにも多くいるんじゃないかと思います。
伊藤:意味合いの広い日本語に対して、弊社のリンギストが3つの訳語の候補を挙げたことがありました。各々の候補について、原文の意味合いのどの部分が最も強調され、どの部分が表現し切れていないのか、綿密にご説明し、ディスカッションをさせていただきました。そういうプロセスを経て、どの訳語が最適なのかの結論が出たときは、お役に立てたと大変嬉しかったです。
大里:最後に、今後の村越さんの抱負をお聞かせください。
村越様:国内では3年くらいかけて、ナヴィゲーション技術を習得する仕組みを作れました。そこでは後進たちも育っています。マネタイズもできるようになりました。そこで今度は、今日語ったような内容を身につけた上でリスクマネジメントできるエキスパートを育てたいと思っています。
それも、企業のリスクマネジメントのような研究し尽くされた分野ではなく、今までリスクマネジメントという考えが十分ではなかった自然体験や学校教育の中で。僕が述べたような発想を用い、リスクを怖がりすぎずに、バランスをとりながらリスクマネジメントやコンサルティングができる人材を育てたいと考えています。リスク社会と言われる昨今、学校でも保護者のリスクへの意識が過剰と言えるほど高まっています。もちろん、子供を守るためにはリスクへの臆病さは必要です。しかし、それだけでは子供は成長できませんし、なによりリスクから自分を守る力がつきません。
大里:今後もぜひ、アークコミュニケーションズとして村越さんのご活躍をお支えしたいと思います。長時間、ありがとうございました。
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