対談記事

2024年1月

1300年前のレシピで蘇る「日本酒を超える日本酒」の世界戦略とは

商売人の本能を呼び覚ますB2Cの魅力とは?

大里:本業のB2Bと違う、B2Cの面白さというのもあったのでしょうか。

栗田佳直様:機械は図面通り、100%予測がつく世界なのですが、日本酒はそういうわけにはいきません。嗜好品ですから、「こうすれば売れる」という方程式がない。また機械は安いものでも1台2,000万円はしますし、メンテナンス費も継続的に入ってきます。それに対して日本酒は本当に薄紙を1枚、また1枚と積み重ねていく感じです。「こんなに売れた」と手応えを感じても、手元をよく見れば、つまめる程度の厚さでしかない。そういうしんどさやもどかしさはあるんですが、同時に自由もある。誰に売ってもいい、どう造ってもいい、機械にはない自由があるんです。そして何と言っても楽しい。例えばイベントで、「美味しい」と言って買ってくれる人がいると、「蔵の皆に伝えないと」と嬉しくてソワソワしてしまいます。人間の、商売人としての本能なんでしょうか。

栗田康弘様:B2Bはロジカルな世界なのに対し、B2Cはよりエモーショナルなんですよね。消費者との距離が近い分、反応もダイレクトに、よりビビッドに返ってきます。あと栗田機械製作所のろ過機は国内トップシェアですし、そもそも競合メーカーが少ない。ところが日本酒の蔵は全国に1,300もあるというんです。1,300ものライバルがいる中で、普通のことをやっていては埋もれてしまう、そんな危機感も新鮮で、刺激的でしたよね。

奈良時代の酒造りを再現
磨き9割・ご飯米・一段仕込みの規格外の酒「長屋王」

大里:ライバルとどう差別化を図るかというところから、「長屋王」が誕生したというわけなのですね。

栗田佳直様:「長屋王」自体は、先代の置き土産としてあったんです。ただ誰も注目していなかった。そもそも「長屋王」は天武天皇と天智天皇の孫で、皇位継承の可能性もある非常に有能な人物だった、そしてそれがゆえに藤原氏一族から「危険人物」とみなされ、政変をたくらんだとして自死に追い込まれた、いわば"悲劇の皇子"です。1980年代にそごうがデパートを建てようとして奈良市内を掘っていたら、大量の木簡が出土し、そこが長屋王の邸宅跡だということが分かりました。その木簡の中に酒の造り方を記したものがあり、その復元に取り組んだのが、当店オリジナルの「長屋王」です。

大里:奈良時代のお酒の造り方ということですが、具体的にどのような違いがあるのですか。

栗田佳直様:違いは3点あります。1つは精米歩合が9割と、ほぼ玄米に近い状態であること。当時、酒米はまだなかったのでご飯用のお米で造っていること。もう1つは一段仕込みであることです。

株式会社中本酒造店様,株式会社栗田機械製作所様

栗田康弘様:日本酒は精米歩合によって、吟醸、大吟醸のように分類されるのはご存知のことと思います。吟醸は60%以下、大吟醸は50%以下という規定があるんですね。お米の外側の部分を削ることで、より雑味がなく、クリアな味になるとされています。しかし奈良時代にはお米を磨く技術はなかったので、ほぼ玄米に近い状態で酒を造っていたはずです。
また、タンクに蒸した米・麹米・水・酒母を入れていく「仕込み」も、3回に分けて行う「三段仕込み」が現代では一般的で、これにより雑菌の繁殖を抑え、安定した品質のお酒を造ることができるとされています。これを「一段仕込み」にすることは生産者としてリスクを負うことになりますが、それでも当時の再現にこだわりました。

栗田佳直様:一言でいえば、「長屋王」は、これまで日本酒を美味しくするために突き詰められてきた造り方とは全く真逆を向いている、対極にあるものだと言えます。

「ソーテルヌっぽい」
シェフの一言が海外展開のヒントに

大里:マーケティングの専門家である康弘さんは、差別化戦略には「これだ」とお思いになったわけですね。

栗田康弘様:いや、実はですね、蔵元が味を度外視して造ったと言っていたので、手伝い始めてからしばらく味見もしていなかったんです。友人の紹介で創作料理に日本酒をペアリングして提供しているお店に、うちの蔵の純米大吟醸と純米吟醸の辛口、それに「長屋王」の3種類を持って行ったところ、シェフが「こんなお酒は他にはない」と「長屋王」にだけすごく興味を示してくれたんです。また、別のミシュランシェフからは、ソーテルヌっぽいと言われました。で、これは行けるぞと。

大里:ソーテルヌですか。フランスの極甘口の貴腐ワインですよね。

栗田康弘様:ええ、デザートワインとして飲まれることも多い極甘口です。「長屋王」は、「端麗辛口」のような従来の日本酒の概念に全く当てはまらない、造り方も真逆なら、味わいも真逆というわけです。

栗田佳直様:「長屋王」について言えば、皆さん「精米歩合9割なのにこんなに美味しいの?」と驚かれるのですが、今まで雑味と言って捨てていたものが、実は旨味だったのかと。

栗田康弘様:ソーテルヌっぽいというのがヒントになり、フランスの日本酒コンクールでプラチナ賞をもらったこともあり、むしろ日本でよりも海外で売れるのではないかと、JETROのサポートのもと、アメリカやフランスのインポーターに商談を持ちかけました。欧米人は「日本酒かくあるべし」という先入観がないため、純粋に味を評価してくれる、そこに好機があると。実際に、昨年サンフランシスコの日本国外最大最古の日本酒イベント「SAKEデー」で非常に高い評価を受け、ミシュラン星付きのレストランでも採用されました。続いてドイツのケルンメッセという巨大な会場で行われる世界的な食の展示会「ANUGA」にも出展したのですが、試飲した9割のバイヤーが美味しいと言ってくれました。バイヤーたちは全世界から参加していて、どこの国の人かメモしておいたのですが、アルゼンチン、ウクライナ、タイ、ブラジル、ナイジェリア、サウジアラビア、トルコ...と、本当に欧米、アジア、中東、アフリカ、すべてのエリアにわたっています。フランスのパリで、インポーターと同行営業した時も、訪問したレストラン9店舗のうち5店舗がその場で注文してくれました。

大里:それはすごい!差別化はマーケティングの第一歩だと思いますが、原石が蔵に眠っていたのですね。

日本酒の枠を超える「長屋王」で世界を制す

栗田康弘様:最初蔵元は、話題づくりのために「まずい酒」をつくろうかなんて冗談で言っていたんですよ。とにかく1,300もの蔵があるわけですから、正攻法で純米大吟醸で戦っていたら、どれだけ美味しくても目立つことは難しいです。また、「長屋王」は普通の日本酒好きの人たちからは「甘すぎる」という声がほとんどでした。高く評価してくれたのがイタリアンやフレンチのシェフだったということもあり、「日本酒」という枠の外で戦おうと思ったんです。また、海外で日本酒を飲もうという人は、もともと味覚もマインドも広いので、美味しければ美味しいと認めてくれるし、他にはない味だということを評価してもくれます。

大里:海外戦略を本格化させたのは、国内よりも海外でのほうが、「日本酒」という呪縛を解かれて、正当に評価されるだろうということなのですね。

栗田康弘様:この酒なら世界を取れる、「天下を取りに行こう」と本気で思っています。日本でも、こだわりのあるレストランなどで置き始めていただいていて、グルメな方々には評価していただいています。

「長屋王」の唯一無二のストーリーと味を世界に発信

大里:海外に打って出るには、英語での情報発信は必要不可欠ということで、「長屋王」の英語サイトをつくるのを当社でサポートさせていただきました。

栗田佳直様:その節はお世話になりました。ゼロから制作したのですが、とてもオシャレなサイトに仕上げていただいたと思っています。

栗田康弘様:翻訳の品質は非常に高く、さすがと思いました。サイトでは、その味とともに、1300年前のレシピを再現したという長屋王のストーリーを前面に出し、唯一無二のものであることを訴求したいと考えていました。私たちの意図を汲んで、他にはない日本酒というコンセプトに沿ったデザインや構成にしていただけたと感じています。おかげで、サイトで初めて長屋王を知った人にもわかりやすく、長屋王についてもっと詳しく知りたいという人にもより興味を掻き立てられるものとなりました。

栗田佳直様:可能性は無限大で、まさにロマン。自由な発想で楽しみながら、あれこれチャレンジしていきたいと思っています。すでに計画している次のチャレンジは、甕仕込み。1300年前はタンクではなく甕を使っていたはずですから、信楽に注文して甕を焼いてもらいました。さらに世界的な陶芸家の道川省三氏に作陶いただいたアート作品で「長屋王」を仕込む試みも計画しています。

栗田康弘様:ライバルは他の日本酒ではなく、1,300の蔵でもないです。いま世界的にコース料理の一品一品にそれぞれグラスワインをペアリングして提供するレストランが増えています。そこでワインの代わりに選ばれる1杯になりたいなと。全世界の一流シェフと美食家を唸らせたいという、唯一無二のブランディングを目指していきたいと思っています。

大里:異業種から参入した栗田さんたちだからこそ、日本酒の"常識"にとらわれない、全く新しいものを生み出せたのかもしれませんね。また、お二人がそれぞれの持ち味を活かして、「長屋王」を世界に送り出そうとしている姿に、お父様方が機械とマーケティングの専門家という、それぞれの立場や知識を活かして栗田機械製作所を盛り立ててこられた姿が重なりました。別々の道を歩みながら、いざという時には結束する、そんなファミリーの絆も感じ、胸が熱くなりました。ありがとうございました。

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