昭和音楽大学副理事長に多様化する音楽教育について聞く
1930年代に開設した声楽研究所をルーツに持つ学校法人東成学園 昭和音楽大学。その音楽教育の先進性と多様性は、音楽教育界の中でも特に異彩を放っています。前身となる東京声専音楽学校時代から、音楽学校には珍しいジャズ音楽の授業を取り入れたり、1984年に音楽大学化したのちも、音楽プロデュースに関わるコースやポップス&ロックのコースを開設したりと、他の音楽大学にはない試みを連綿と続けてきました。創始者を祖父に持つ副理事長の下八川(しもやかわ)様に、音楽教育の斬新な取り組みを継続する秘訣や学生・教師との関係性などについてお聞きしました。
- プロフィール
- 下八川 公祐 学校法人東成学園 昭和音楽大学 副理事長
- 柳 雄一郎 学校法人東成学園 昭和音楽大学 事業運営部パスウェイズ運営室 主任 進学アドバイザー
- 伊藤 藍 学校法人東成学園 昭和音楽大学 企画広報部入試広報室 進学アドバイザー
- 大里 真理子 株式会社アークコミュニケーションズ 代表取締役
- 佐藤 佳弘 株式会社アークコミュニケーションズ 執行役員・Web&クロスメディア事業部長
- 兵頭 宥衣 株式会社アークコミュニケーションズ Web&クロスメディア事業部 制作ディレクター
- 遠山 尭 株式会社アークコミュニケーションズ Web&クロスメディア事業部 営業
「伝える」「表現する」ことを具体化する教育
大里:最初に、昭和音楽大学の歴史と下八川さんのご略歴についてお話しいただけますか?
下八川様:昭和音楽大学(以下、昭和音大)は1984年に開学しました。そのルーツは、わたしの祖父の下八川圭祐が1930年に創った声楽研究所にあります。祖父はバスバリトンの歌い手で、オペラの教育に熱心でした。今でもユニークだと思うのは、彼が1940年に、現在の東京都・新宿区に東京声専音楽学校を創立したことです。「声専」とは「声の専門」ということ。この音楽学校が今の昭和音大につながって行くのです。
わたし自身は、小さい頃から学校に出入りしていたので、当時の学校の様子をよく知っていました。音楽大学の学生は、大学に勉強しにくるというよりは、キャンパスで熱くわいわいやっている感覚で、夜遅くまで大学のロビーで議論を繰り返したり、その後飲みに行って喉を痛めて翌日の授業で叱られたり......。当時はそれらの様子をなんとなく生産性がないな、と醒めた目で見えたように思いますが、今となっては、そういう空間の魅力を大切だと考えるようになりました。一見生産性がないようでいて、個人の能力や芸術性を高めるために必要なことがたくさんあります。現在は、そうした経験を今に活かすことがわたしたちの責務だと思いながら仕事をしています。
佐藤:音楽大学と言うと、クラシック音楽を中心にストイックに教育する場というイメージがありますが、貴学では音楽をテーマに、音楽ビジネスや現代音楽、音楽を活用した様々な取り組みについての多彩なコースがあるのですね。
下八川様:25年前、「大学をどうしていくか」と考えたときに、過去の東京声専音楽学校のことを調べました。すると、ジャズ歌手の淡谷のり子さんが先生としてお名前が載っていたり、旧来の音楽学校からは想像がつかない多様な授業があったことを知りました。こうした根っこがある大学なので、多様性のある学びの場を提供することで皆さんの役に立てるのではないかと考えるようになりました。そこで、当時としては珍しい「サウンドプロデュースコース」と「ポップ&ロックミュージックコース(旧ポピュラー音楽コース)」を創ったのです。
佐藤:今では多くの音楽大学で様々な学科やコースが用意されていますが、貴学のユニークさにおいてはその中でも際立っている印象があります。それらは貴学のビジネスの発展を考えてのことなのでしょうか。
下八川様:音楽や芸術には「表現したい」という感覚があるじゃないですか。それを伝えて、みんなとシェアするには、さまざまな方法があります。われわれがやってきたことは、そういう「表現したい」とか「伝える」ための教育です。そのためにたくさんのことに取り組みたいと思っています。例えば1800年代だったら、ヴェルディのような有名な作曲家が「新作を作る」ことは、当時として相当ホットな話題だと思います。その社会の感覚を想像しながら、現代に通じる新たな表現方法を創り出したりするのがわたしたちの教育だと思っています。
「伝える」「表現する」ことは教える側の想像だけに限らないので、学生のニーズや思いを観察して、それを具体化することも大切な仕事です。だから正直、「ビジネスになるかどうか」という視点はさほど強くはありません。サウンドプロデュースコースを作ったときも、学生が来るかどうか不安で仕方ありませんでした。幸い、結果的に学生がたくさん集まってくれたので、いまではこの分野がなかったら大変だっただろうなと思います。
音楽大学では珍しいポピュラー音楽コース
遠山:柳さんはポピュラー音楽コース(現ポップ&ロックミュージックコース)のご卒業と聞きましたが、当時、大学でそういうコースを受けられることはご存知だったのですか?
柳様:当時はポピュラー系のコースがある音楽大学は限られており、昭和音大は当時から多彩なコースがありました。わたしは最初に音楽芸術運営学科のアートマネジメントコースに入学し、その後、ポピュラー音楽コース(当時の名称)に転籍しました。大学教育を受けて大学卒業の資格も得ながら、同時に、ポピュラーミュージックの実践的な授業も受けられるのは非常に画期的という印象でした。音楽大学でそういうコースが学べるのであれば、専門学校よりも音楽大学を選ぶという人は、この20年間で非常に増えたと感じています。
遠山:入学時になぜアートマネジメントコースを選ばれたのですか?
柳様:わたし自身はもともと、クラシックにはあまり素養がないと考えていたのですが、大学で音楽を学び、音楽業界で何かしらの仕事に就こうと考えたときに、このコースがまさにぴったりだと思ったのです。クラシックの演奏家になりたいとか、音楽教員になりたいというのではないけれど、音楽に関わる仕事をしていきたいと考える高校生にとって、当時、このコースは非常にユニークで画期的な選択肢だったと思います。
大里:そうやって新しい教育を次々と取り入れていく秘訣は何なのでしょうか?
下八川様:その解は、学生が持っていることが多いですね。今後の施策に悩んでいるときには、学生さんに「今、どのようなことに興味があるの?」「どのようなことを考えているの?」みたいに私なりに自然に話をするようにしています。集中授業を企画するときなどに、わたしも参加して、学生と話して感じたことを反映するようにしています。
学生のほぼ半数が確定申告の経験者
佐藤:貴学の学生さんも一般の大学生の方とはだいぶ異なるような気がしますが......。
下八川様:わたしたちにとってもユニークさに驚く時がありますね。先日、ある証券会社の方に金融に関する講義をお願いしました。最初は音楽大学の学生さんに「金融」の話に興味があるのか心配でしたが、堅実な金銭感覚を持った学生さんが多いのも事実だったので、思い切って講義をお願いしました。ところが、この講義、学生たちが非常に熱心に聞いてくれていたというのです。
あとで証券会社の人に聞いてみたら、講義は金融全般について話したけれど、「食いつきが一番良かったのは確定申告の話」だったそうなのです。試しに学生たちに「確定申告をしている人はいますか?」と尋ねると、半分ぐらいの学生が手を挙げたということです。これには証券会社の方も驚いて、「『確定申告している』と答える学生が半数もいた学校は初めて」と言っていました。後で学生に話を聞くと、音楽の勉強がそのまま仕事(アルバイトなど)につながっているケースが多いらしいんですね。
遠山:学生の半分が確定申告をしているとは驚きですね......。
下八川様:さらに、金融に絡めて将来設計の話をすると、学生はとても興味を持って聴いてくれたそうです。音楽をビジネスにしていく人もいれば、そうじゃない人もいる。この金融講義の話は、最近の学生とどうコミュニケーションを取っていけばいいのか、どういう教育を提供したらいいのかなど、教育の再構築をあらためて考えるきっかけになりました。
佐藤:学生さんとの関わりは教育自体にとっても大切なんですね。
下八川様:はい、重要です。いわゆるZ世代と言われている人たちは、自分の話す内容や表現に対する責任感が非常に強いと思います。感情的に話すのではなく、それを言ったことで、学校や友人が受ける影響まで考えて話す人が多い。彼らは非常に大人ですし、先々のことまで考えているので、今後、大学のプラットフォーム開発を考えていく上で、学生とのコミュニケーションはとても大切な要素になっています。
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