「不確実性の時代」を生き残る~継続性ある雑誌運営について DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長に聞く
『週刊ダイヤモンド』やピーター・ドラッカーに代表されるマネージメント関連の雑誌・書籍、『嫌われる勇気』『わけあって絶滅しました。』などの書籍を手掛けているダイヤモンド社。なかでも、 "世界で最初の"マネージメント誌『Harvard Business Review』の日本版『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』は今年創刊44年目を迎え、日本の経営者層や若手ビジネスパーソンに愛読され続けています。アークコミュニケーションズが翻訳パートナーとなって4代目の編集長となる大坪亮氏に、編集長職の実際やマネージメント誌翻訳のあるべき姿、継続性のある雑誌運営などについてお聞きしました。
左より 大里、小暮様、大坪様、齊藤
- プロフィール
- 大坪 亮 株式会社ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 編集長
- 小暮 晶子 株式会社ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 シニアエディター
- 大里 真理子 株式会社アークコミュニケーションズ 代表取締役
- 齊藤 まなみ 株式会社アークコミュニケーションズ 翻訳事業部 チーフプロジェクトマネージャー
自律的な協働を促す「調整型」の編集長
大里:最初に『Harvard Business Review(HBR)』と『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)』について、あらためてお教え願えますか?
大坪様:HBRはハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の機関誌として創刊され、世界で最古のマネージメント誌となります。「企業の経営がどうあるべきか」について、HBSの教授陣を中心に論考を収集して編集しています。DHBRはHBR誌の日本版であり、HBRとして世界で初めて提携した雑誌です。創刊から今年で44周年になります。
日本の読者は、経営者や大企業の部長・課長などのマネージメント層、ビジネススクールで学ぶ若者などが中心。HBRに掲載された最新のビジネストレンドから、日米間に存在する環境や経済状況の違いなどを鑑みて、編集部が日本で役に立つ論文を選んで掲載しています。これに、日本オリジナルの論文やインタビューを加えてDHBR全体が出来上がっています。
大里:おかげさまで、貴誌とは長いお取り引きとなり、大坪さんはわたしたちにとって4代目の編集長です。時代の要請や編集長の個性により編集方針は少しずつ変わってきていると感じます。大坪さんはこの大変な時代に、どのようにリーダーシップを発揮し、どちらの方向を目指されているのでしょうか?
大坪様: わたし自身は、7月号で特集した内容で言うリーダー像に近く、「調整型の編集長」と言えばいいのかと思っています。6月10日発売の7月号では、特集を「リーダーという仕事」にしました。メインの論文は、神戸大学大学院教授の鈴木竜太先生に書いていただきました。「答えのない困難な状況において、自律的な協働を促すリーダーシップが求められている」という内容の論文です。ちょうどこの論文を編集している時期に新型コロナウイルス禍が深刻化して、先生がおっしゃる不確実な時代がまさに現実のものになってしまいました。
大量生産時代は、企業の目標がはっきりしていて、効率良く、成長性高く、目標を達成することが求められていました。リーダーは自分の経験を活かし、自分の経験を部下に伝えれば、より良い経営ができました。しかし、変革しないと生き残っていけない時代になり、変革型リーダーや、カリスマ型リーダーが求められるようになります。さらに今は「答えのない時代」。リーダー自身が答えを持っていないし、過去の経験も活きない。組織のメンバーそれぞれが自律的に考え、なおかつ協働して、みんなで答えを出していく時代になっています。
大里:難しいですよね。ある意味、力によって「わたしの言うことを聞け」というようなカリスマ型リーダーの方が簡単かもしれませんね。
リベラル化が加速するHBR誌
大里:ここ最近のDHBRの方向性について教えていただけますか?
大坪様:アメリカの最先端の経営の動きを日本でいち早く紹介することは、今もDHBRの中核になっています。例えば、アジャイル(俊敏な)という考え方が、仕事の進め方、意思決定、組織改編、人事施策と、企業活動全体に広がっているとか、5GやAR(拡張現実)などテクノロジーの革新に合わせて経営をどう変えて行くべきか、パーパス(企業の存在意義)の再定義や明確化が社員のモチベーション向上や逸材獲得にいかに重要であるか、など、いまだに経営施策や思考法は、アメリカの企業やビジネススクールが先行しています。それをいち早く、日本の経営環境に合う形で取り入れるかは、日本企業の経営の成否を決める要因です。そうした特集を組んだり論文を掲載していたりすることが、DHBRの存在価値と考えています。
また、最近の変化をクローズアップすると、アメリカのHBRはリベラル色が強まったと思います。
小暮様:トランプ大統領の就任の影響は大きいと思います。トランプ政権下でさまざまな問題が出ているので、それを改めようとする編集方針だと思います。
大坪様:例えば「フェイクニュース」や「セクハラ」「職場の孤独」「気候変動」といった問題やそれへの対策を論じた論文が増えています。また、個別アプローチでは解決できなかった社会課題に共同で取り組む「コレクティブインパクト」や、企業の本業で社会貢献を行う「CSV(Creating Shared Value)」、持続可能でより良い世界をめざす国際目標である「SDGs(Sustainable Development Goals)」などについての論文も増えています。
HBRでは、新聞と違って多面的に、詳しく書かれているので、変化の本質がわかります。個人的にもすごく共鳴する部分が多いので、自分の仕事としてもこれは嬉しいところです。「社会貢献と自分の仕事のベクトルが一緒になるのが望ましい」と考えるX世代やミレニアル世代が、ビジネスパーソンの中心層になってきつつあるので、企業活動における社会貢献の記事もここ2年ほどで多くなっています。
大里:大坪さんが編集長になられたことで、変化したことはありましたか?
大坪様:HBRは基本的にアメリカ東海岸の歴史ある企業に強い雑誌です。前任の編集長はそれに対して、より西海岸色の強い、スタートアップ企業にフォーカスした編集方針を打ち出しました。当時、日本企業でもそうしたスタートアップ的なアプローチが一番の課題になっていたという理由もあります。わたし自身は、それを継承しつつ、もう少しオーソドックスでエスタブリッシュな会社にフォーカスしたいと考えました。具体的には、ソニーやトヨタ自動車、コマツ、サントリーなど、昔からの大企業で今頑張っている会社に存続の秘訣などを聞くようにしました。これはマーケティング的な狙いもあり、多数いる大企業の定期購読者が、他の成功している大企業の戦略や施策を知りたいというニーズに応える編集方針に沿っています。
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