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アクセンチュア株式会社のチーフ・マーケティング・イノベーター加治慶光、官民を経験して見えてくる日本
アクセンチュア株式会社チーフ・マーケティング・イノベーター(CMI)に、2014年2月より新しく着任された加治慶光様。富士銀行、広告会社を経て米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院MBA修了。日本コカ・コーラ、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、日産自動車など名だたる企業でご活躍され、日産自動車在職中に2016年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会のエグゼクティブ・ディレクターとして出向。その後、内閣官房官邸国際広報室参事官と、日系と外資系、官と民、日本と世界を結ぶ数多くのキャリアを積み重ねられました。現在は、文科省の参与、ケロッグ経営大学院日本同窓会会長でもあります。
現在着任されたCMIとしてのお話から、官民を経験された加治様の思いまでを伺いしました。【プロフィール】
加治 慶光様
アクセンチュア株式会社 チーフ・マーケティング・イノベーター大里 真理子
株式会社アークコミュニケーションズ代表取締役内閣官房官邸国際広報室参事官から民間企業へ。アクセンチュアを選んだ理由とは。
大里:加治さんは外資系企業と日本企業、官と民と幅広くキャリアを重ねてこられたわけですが、今回、アクセンチュアさんを選ばれたのはなぜですか。
加治様:2011年に総理大臣官邸の国際広報室参事官に就任したのですが、その年の3月に東日本大震災が起こりました。この時、優秀な戦略コンサルティング会社の方とご一緒する機会があったのですが、高い公共性の観点から官僚の理論で仕事を組み立てる官僚と、客観的なマーケットな視点からロジカルに人を説得できるコンサルタントは、互いが補完し合うよい関係となっているな、と感じました。コンサルティング会社という立場から世界や日本をより良くするために働くのもいいのではないか、と思ったのはこの時だったかもしれません。
チーフ・マーケティング・イノベーターの肩書きに込めた加治さんの思いとは。
大里:現在の肩書きのチーフ・マーケティング・イノベーター(CMI)ですが、普通は、チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)ですよね。これは、加治さんが作られた言葉じゃないか、って思っているんですが(笑)?
加治様:はい、聞き慣れない肩書ですよね。ご推察の通り造語です。でも、残念ながら私の造語ではありません(笑)。今回の私の役割は、アクセンチュアのブランド価値を日本でさらに高めていくことです。その命を受けるにあたって、技術革新を超えて顧客や市場からの視点でイノベーションが起こるべきという考えのもと、アクセンチュアの経営陣と相談しました。そして、「役職名を単にCMOとするのではなく、マーケティングとイノベーションという言葉を組み合わせてみてはどうだろうか」という議論を経て決めました。
大里:イノベーションというと、日本では技術革新と受け取られると思うのですが、ここではちょっと違いますよね。
加治様:そうですね。これは、1956年の経済白書で、イノベーションに対する訳語として「技術革新」という言葉が使われたことに起因していると言われます。もちろん、本来イノベーションとは技術革新だけのことではありません。例えばiPodやiPhoneを購入し、所有し、体験すれば、技術的な革新だけがイノベーションではないということがよくわかります。スティーブ・ジョブズが、こんな製品がほしい、こんな暮らしができたらいいだろうな、という思いを既存の複数の技術を組み合わせて形にしたものです。マーケティングは企業の基本機能と言われますが、変化の激しい今の時代においては、従来のマーケティングにイノベーションを組み合わせ、マーケットに付加価値を生み出し続けることが重要です。CMIというのはそのことを意識しつつ、自分自身を戒めるためもつけられた肩書きです。
大里:加治さんはケロッグ経営学院の同窓会でも、従来卒業生に対して行っていた講演をアカデミーヒルズとコラボレーションし、外部に開いて講演の付加価値を増やして下さるなど、身近なところで次々マーケティングイノベーションを実施して下さっているので、ぴったりな肩書きですね。
アクセンチュアのコンサルティング会社としての差別化とは
大里:実際にアクセンチュアさんで働いてみて、どのように感じていらっしゃいますか。
加治様:アクセンチュアに入社を決めたとき、「なぜアクセンチュアに興味を持ったのか」と質問されました。そのとき私は、「アクセンチュアは、人間に例えると頭脳と身体とその身体を動かす神経系を全部もっている唯一のコンサルティング会社で、それは自分にとって一番フィットするから」と答えたんです。アクセンチュアの一員となって、まさにそういう会社だな、と実感しています。
大里:たしかに、戦略策定からシステム構築、さらにその戦略を実行するところまでできるところが、アクセンチュアさんが他のコンサルティング会社と大きく違うところですよね。
加治様:例えば、お客様とジョイントベンチャーなどの会社を作って、デジタル化時代の複雑な課題を解決したり、全く新しいビジネス価値を創造したりするような取り組みも行っています。よりダイナミックで社会的インパクトの大きい仕事ができるんではないかと思っています。アクセンチュアは、戦略、デジタル、テクノロジー、オペレーションズという4つのサービスを提供しています。この4つを高いレベルで提供し、統合しているのは、世界でアクセンチュアだけと言っていいでしょう。
大里:世界56か国で事業を展開している御社で、日本が成長市場に位置付けられている、とお聞きし、大変嬉しく思いました。
加治様:アクセンチュアは、デジタルとグローバルを最重要テーマとして、あらゆる事業に取り組んでいます。急速に進展しているデジタル化は、私たちが身を置くビジネスの世界に大きな影響を及ぼし始めており、市場競争環境はすでに大きく変化しはじめています。また、グローバル化という意味では、2020年にオリンピック・パラリンピック競技大会の開催も決まり、アウトバウンドだけでなく、インバウンドの重要性もさらに高まってくると思います。こうしたデジタル化やグローバル化という観点からすると、日本はまだ成熟しておらず、成長の余地が残されているということです。
大里:グローバル化という意味ではインバウンドとアウトバウンド両方が重要になってきているんですね。加治さんご自身のマーケティングのお仕事ではいかがですか?
加治様:そうですね。グローバル企業の日本におけるCMIとして、日本市場に対するマーケティング活動はもちろんのことですが、アクセンチュアのグローバルに対して、日本の魅力や優位性を説明するのも重要な仕事の一つです。これをROI、KPIなどのグローバル共通指標を使い、グローバル共有言語である英語で説明する必要があります。日本企業がグローバル化していくために、世界のプロトコルにのっとって日本の魅力をアピールしていかなければならない状況に直面していますが、アクセンチュアというグローバル企業においてもそれを実践し、日本の価値向上に貢献したいと思います。
大里:ブランドコンサルティング会社のインターブランドによる世界のブランドランキングでは、アクセンチュアさんは44位と伺いました。アップルやグーグルやコカ・コーラなどのB2C企業がほとんど上位を占める中、B2B企業としてはかなりの高い位置を占めていらっしゃいますね。
加治様:アクセンチュアのブランド力は、もちろん一部の経営層や、我々のようなマーケティング組織だけで構築されるものではありません。お客様と直接仕事をしているコンサルタント一人ひとりの多様なスキルや働き方、お客様である企業や官公庁の方々に提供するビジネス価値やそこに至るまでのプロセス、そしてアクセンチュアが果たしている社会的責任など、あらゆるステークホルダーとの接点がグローバル規模で首尾一貫していること、これらすべてが重なり合ってアクセンチュアの企業ブランド力を築いているのです。ですから、マーケティングの役割は、こうした仕組みを構築し、管理し、あらゆるステークホルダーにコミュニケーションすることで、認知や行動を今よりもよりよい方向に変革させることなのです。そして、変化の激しい時代においても価値あるブランドとして認知され続けることが重要であり、そのために自らが率先して進化していくことがマーケティングに求められるイノベーションだと思います。
他方、アクセンチュアは確かにB2Bの会社ですが、日本での成長を加速させるためにも、多くの優秀な人材がグローバルに活躍するためのプラットフォームとして機能したいとも考えています。そのため、より多くの方にアクセンチュアに関心を持ってもらえるよう、さまざまな領域でB2C的なブランディングも必要だと考えます。日本での認知度は世界での認知度に比べて低く、まだまだ成長余力があり、これはやりがいのあるところですね。国境を越えるグローバルな課題を軽やかに解決できる人材育成を支援したい
大里:加治さんは「私たちはどう社会の役に立っていくのかを問い続けなければ」と口癖のようにおっしゃいますね。
加治様:そうですね。わたしは、幸運にもケロッグの教育に出会うことができました。おかげでキャリアの機会が広がって、いろいろな能力を身につけることができました。それを世の中に還元したいと思っているんです。教育を受けることによって人間は変わっていけるということも実感してきましたから。
大里:具体的な分野や方法についてのイメージはありますか。
加治様:いま一番関心のあるのは、教育の分野ですね。例えば、いま人類は気候変動やエネルギーミックスなどの地球規模の問題に直面していますが、現在のシステムは国家が基本単位になっています。このためこうした問題を解決するのに、国境が妨げになることがあるのを、官という立場にいるときに感じました。
大里:確かにそうですね。人類全体の問題なのに、全体で取り組むのは難しいですね。
加治様:そうなんです。でも、生まれたときからインターネットの使える環境で育った若い世代にとって、国境は薄れているかもしれません。今の私たちにとって困難な課題でも、軽やかに解決していけるかもしれません。だからこれからの教育は、私たちが知っていることを教えるのではなく、次の世代の人たちが、新しい力を発揮できるよう支援することだと考えています。
大里:すばらしいアイデアですね。そうすると、多様な人々とのコミュニケーションという問題が出てくると思うんですが。
加治様:おっしゃるとおりです。性別や身長などと同じように「あらゆる違いを個性の延長線上として受けとめることができるか」ということではないかと思うんです。
大里:言葉の問題も大きいですよね。
加治様:はい、大きな課題ですね。日本では、明治時代に鎖国を解いた時、優れた文献を大量に翻訳しているんですね。
大里:だから日本人は、日本語で教育を受けることができるんですね。
加治様:そうです。日本人は英語ができないと言われますが、先人達が欧米の教育を日本語で受けられるように、様々な文献を翻訳してくれたおかげなんですね。
大里:ところで、加治さんにとって、ビジネスにおける翻訳の重要性とは何でしょうか?
加治様:翻訳は、言葉の持つ範囲をどう捉え、意図をどう伝えるかが重要です。例えばComplianceは、一般に法令遵守と訳されていますが、Complianceにはcomply with、つまり何々に寄り添うという概念が含まれているんです。社会的に受け入れられることが、Complianceなんです。だから英語のComplianceと日本語の法令遵守は、意味が異なるのです。
アクセンチュアでのマーケティングの我々の仕事は、概念を売る仕事ですから、概念を理解した正しい翻訳が重要です。それをきちんと計算できるパートナーがいることはとても心強いことです。アークコミュニケーションズは、ハーバードビジネスレビューの翻訳を手がける質の高い翻訳をできるパートナーですから、引き続きお手伝いをお願いします。大里:ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。
最後に、加治さんが最近よくお話されている世界における日本の価値というところについてお聞かせいただけますでしょうか。加治様:最近思うのは、日本のもっている価値、つまり「和をもって尊しとなす」ということが、世界の新しいガバナンス、秩序に役に立つんじゃないかな、と。多様なものを受け入れている今の日本が、ある種人類の未来の姿のヒントを示している、と考えることがあります。この国の編集力とか融合力といわれるノウハウや価値観を世界に伝えることが、われわれが成長できるきっかけになるのではないかな、と。ですから、世界において日本が果たす役割は大きくなっている、と思っています。
大里:これはとても勇気づけられるお話ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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